男性ホルモン注射とは【まず結論】
一言でいうとどんな治療?(テストステロン)
男性ホルモン注射とは、テストステロン(男性ホルモンの一種)を体の外から補う治療のことです。
筋肉に注射する方法が最も一般的で、投与を続けることで次のような変化が徐々に現れてきます。
- 声が低くなる
- 体毛が増える
- 筋肉がつきやすくなる
日本で使われる注射薬としては、エナント酸テストステロン(エナルモンデポーなど)が代表的です。
2〜4週間に1回のペースで筋肉注射を行うのが標準的なスケジュールになります。
この記事の対象(FtM/トランスマスキュリンのホルモン治療)
この記事は、FtM(トランス男性)やトランスマスキュリンの方がホルモン療法として男性ホルモン注射を検討・開始する場面を主な対象にしています。
男性ホルモン注射は、男性更年期障害(LOH症候群)の治療としても使われますが、目的や投与量、期待する効果が異なります。
両者の違いは次の項目でご説明しますね。
低テストステロン治療とは何が違う?
・シスジェンダー男性のLOH症候群(加齢性のテストステロン低下)の治療では、もともとの男性ホルモンレベルを正常範囲に戻すことがゴール。
投与量は比較的少なめで、体の男性化をさらに進めることは目的としていません。
・FtMの方のホルモン療法では、体を男性的に変化させることが目的。
男性の標準的なテストステロン値を維持するために投与量が設定され、治療期間も長期にわたるのが一般的です。
同じ薬を使っていても、ゴールが違うのだと理解しておいてください。
注射以外の方法(ジェル・塗り薬)はある?
テストステロンの投与方法は注射だけではありません。
皮膚に塗るジェルタイプ(グローミンなど)や、海外では貼り薬(パッチ)、皮下に埋め込むペレットなども使われています。
ただし、日本で保険適用のある製剤は注射が中心で、ジェルは自費扱いになるケースが多いです。
注射が苦手な方や、安定した血中濃度を保ちたい方はジェルも選択肢になりますが、主治医と相談しながらご自身に合った投与方法を選んでいきましょう。
先に知っておくこと|戻らない(戻りにくい)変化
テストステロンによる変化の中には、投与をやめても元には戻りにくいものがあります。
治療を始める前にこの点をしっかり理解しておくことが、後悔のない判断につながります。
声の変化(戻りにくい)
テストステロンの投与を始めると、声帯が厚く長くなり、声が低くなっていきます。
この変化は声変わりと同じ仕組みで起きるもので、一度低くなった声は投与を中止しても高い声には戻りません。
声の変化は多くのFtMの方が心待ちにしている変化の一つですが、それだけに不可逆であることの意味もしっかり受け止めておいてください。
変化のスピードや最終的なトーンには個人差があります。
体毛・ひげ(戻りにくい)
顔のひげ、腕や脚の毛、お腹まわりの体毛など、男性的な発毛パターンが徐々に現れてきます。
毛の太さや密度が増し、見た目が男性的になっていきます。
投与をやめると新たな毛の発育はゆるやかになりますが、すでに太く育った毛包は残るため、体毛やひげが完全に元に戻ることは期待しにくいです。
体毛が濃くなるスピードには遺伝的な影響が大きく、家族(父親や兄弟)の体毛の傾向が参考になることもあります。
頭髪(男性型の薄毛:起こる人も)
テストステロンの影響で、男性型脱毛症(AGA)と同じパターンの薄毛が進む方がいます。
こめかみあたりの生え際が後退したり、頭頂部が薄くなったりする変化です。
これもご家族の遺伝的傾向に左右されますので、父親や祖父の頭髪パターンがある程度の目安になります。
薄毛が気になる場合はミノキシジル外用薬などの対策がありますが、フィナステリドなど一部のAGA治療薬はテストステロンの効果を弱める可能性があるため、必ず主治医に相談してから使うようにしてください。
外性器の変化(戻りにくい)
テストステロンの投与によりクリトリスが肥大し、サイズが大きくなる変化が起こります。
この変化も不可逆的で、投与を中止してもサイズが元に戻ることはほとんどありません。
変化の程度には個人差がありますが、多くの方が投与開始から半年〜1年ほどで変化を実感します。
男性ホルモンで起こる体の変化(全体像)
ここからは、テストステロン投与で起こるさまざまな変化を全体的に見ていきます。
前のセクションで触れた不可逆的な変化も含めて、体のどこにどんな変化が起きるのか、イメージをつかんでおきましょう。
筋肉・体型の変化
テストステロンはタンパク質の合成を促進するため、同じ量の運動をしていても筋肉がつきやすくなります。
特に上半身(肩・腕・背中)の筋肉が発達しやすく、全体的にがっしりとした体つきに変わっていきます。
体重が増えることもありますが、これは筋肉量の増加による部分が大きいです。
体型の変化を効率よく進めたい方は、適度な筋トレを組み合わせるとホルモンの効果を引き出しやすくなりますよ。
体脂肪・肌・汗の変化
・体脂肪の分布が女性型(ヒップ・太もも中心)から男性型(お腹まわり中心)へ。
これによってウエストラインが直線的になり、全体のシルエットが男性的な印象に近づきます。
・肌はオイリーになりやすく、皮脂の分泌が増える。
これにより、ニキビなどの肌トラブルに悩まされる方が多く見られます。
・汗の量や体臭が変わる。
「汗のにおいが変わった」と感じる方は多いです。
スキンケアやデオドラントで日常的にケアしていくと快適に過ごせます。
生理が止まる変化
多くの方にとって最も待ち望まれる変化の一つが、月経の停止です。
テストステロン投与を始めると、早い方で1〜3か月ほど、遅い方でも6か月以内に月経が止まるのが一般的です。
ただし、投与初期に不正出血やスポッティング(少量の出血)が起きることもあります。数か月続く場合は主治医に相談してください。
ごくまれに、テストステロンだけでは月経が完全に止まらないケースもあり、その場合は追加の対応を検討することになります。
性欲や気分の変化
テストステロンの投与を始めると、性欲が顕著に増すと感じる方が多いです。
これは投与初期から比較的早く現れやすい変化で、戸惑う方もいるかもしれません。自然な反応ですので心配しなくて大丈夫です。
気分面では、エネルギーが湧いてきた、イライラしやすくなった、感情の起伏が以前と変わったなど、さまざまな報告があります。
気分の変動が大きい場合はホルモン値のバランスが安定していない可能性もありますので、主治医に率直に伝えてみてください。
いつから変化が出る?(目安のタイムライン)
「いつ頃から声は変わる?」「体毛はどのくらいで増える?」。気になるタイミングの目安をまとめます。
個人差は大きいですが、おおよその流れを知っておくと心の準備ができます。
数週間〜数か月で起こる変化
・肌のオイリーさやニキビの増加
早い方では2〜4週間ほどで「肌質が変わったな」と気づきます。
・性欲の増加や、生理の減少・停止
個人差はありますがこの時期に変化していく方が多いです。
体のにおいの変化や膣の乾燥感が出てくることもあり、膣の乾燥には市販の保湿ジェルなどで対応できます。
不快に感じたら無理せずケアを取り入れてくださいね。
半年〜1年で起こる変化
・声の低音化
この時期に顕著になります。
電話口で男性と認識されるようになった、というのは半年〜1年あたりでよく聞く体験です。
・体脂肪の再分布が進み、顔つきがシャープになってくる
・ひげや体毛がはっきり目立ち始める
・筋肉の増加
「鏡を見るのが楽しくなった」と感じる方も多い時期です。
1年以上かけて進む変化
ひげの密度や体毛のパターンは1年を超えてからも少しずつ濃くなり続けます。
完成形に近づくまで3〜5年かかることも珍しくありません。
頭髪の変化(男性型脱毛)もこの時期に進み始める方がいます。
体型の変化も長期的に進み、3〜5年の投与を経て「ほぼ男性的な体つきに落ち着いた」と感じる方が多いです。
変化のスピードは人それぞれですので、焦らず長い目で見ていきましょう。
副作用とリスク|よくあるもの・注意が必要なもの
テストステロンの投与にはメリットだけでなく、知っておくべき副作用やリスクもあります。
正しく理解しておくことで、安全に治療を続けやすくなります。
ニキビ・皮脂の増加
皮脂腺が活性化するため、ニキビが増えたり肌が脂っぽくなったりする方がとても多いです。
特に投与開始から半年ほどは思春期の男の子と同じようなニキビに悩まされることがあります。
こまめな洗顔と保湿、脂っこい食事を控えるなどの基本的なスキンケアで改善することがほとんどですが、ひどい場合は皮膚科で治療を受けることもできます。
時間が経つとホルモン値が安定し、ニキビも落ち着いてくるケースが多いです。
体重・むくみなど
テストステロンには水分やナトリウムを体にため込む作用があるため、投与初期にむくみや体重増加を感じることがあります。
筋肉量の増加に伴う体重増も加わるため、数キロの変動は珍しくありません。
急激な体重増加やむくみが続く場合は、肝機能や腎機能に影響が出ている可能性もゼロではないので、早めに主治医に報告してくださいね。
血が濃くなる(赤血球が増える)と検査
テストステロンは赤血球の産生を促進するため、血液が濃くなる(多血症・赤血球増多症)ことがあります。
ヘマトクリット値(血液中の赤血球の割合)が上がりすぎると、血栓のリスクが高まるため注意が必要です。
このリスクを管理するために、投与中は3〜6か月ごとの血液検査が欠かせません。
ヘマトクリット値が基準を超えた場合は、投与量の調整や献血などの対応が検討されます。
検査をきちんと受けていれば過度に怖がる必要はありませんので、安心してください。
コレステロールなど血液データの変化と検査
テストステロンの影響でLDLコレステロール(悪玉)が上昇し、HDLコレステロール(善玉)が低下する傾向があります。
長期的には動脈硬化や心血管リスクに影響する可能性があるため、定期検査でのモニタリングが重要です。
肝機能の数値(AST・ALT)が上昇することもあります。
いずれも、3〜6か月ごとの血液検査で数値を追っていれば早期に気づけますので、通院と検査のスケジュールはしっかり守るようにしましょう。
妊娠・生殖に関わる影響(注意点)
テストステロンを投与していても、排卵が完全に抑制されるとは限りません。
つまり、子宮と卵巣が残っている限り、投与中であっても妊娠する可能性はゼロではないのです。
避妊が必要な場面では、テストステロンだけに頼らず別途避妊手段を講じてください。
長期投与は卵巣機能を低下させ、将来の妊孕性(妊娠できる力)に影響を及ぼす可能性があります。
お子さんを望む可能性が少しでもある方は、治療開始前に卵子の凍結保存について主治医と相談しておくことを強くおすすめします。
どれくらいの頻度で打つ?どれくらい続ける?
注射の頻度が決まる要因(薬の種類・検査結果・体調)
エナント酸テストステロンの場合、一般的には2〜4週間に1回の筋肉注射を行います。
具体的な間隔は、血液検査で測定したテストステロン値、体に現れている変化の進み具合、副作用の有無などを総合的に見ながら主治医が調整していきます。
投与直後はホルモン値が急上昇し、次の注射の前にはぐっと下がるという波が生じます。
この波によって気分のアップダウンを感じる方もいますので、そうした場合は注射の間隔や量を微調整することで改善されることが多いです。
一生続けるの?
多くのFtMの方は、望む男性化を維持するためにテストステロンの投与を長期的に、場合によっては生涯にわたって続けます。
特に卵巣を摘出した方は体内でテストステロンを十分に作れなくなるため、継続投与が必要になります。
ただし、「必ず一生続けなければならない」とは限りません。
目標とする変化が十分に進んだ後に減量する方もいますし、ライフステージの変化に応じて治療方針を見直すこともあります。
大切なのは、定期的に主治医と話し合いながら自分に合ったペースを見つけていくことです。
やめるとどうなる?(戻る変化/戻りにくい変化)
投与を中止した場合、変化の一部は徐々に元に戻り、一部はそのまま残ります。
戻る可能性があるものとして、
- 月経の再開(卵巣が残っている場合)
- 筋肉量の減少
- 体脂肪分布の女性型への回帰
- 肌のオイリーさの改善 etc…
元に戻りにくいものとして、
- 声の低さ
- 体毛やひげの太さ
- クリトリスの肥大
- 頭髪の薄毛パターン etc…
これらが挙げられます。
中止を検討する場合は、事前に主治医とどの変化が残りどの変化が戻るかを確認し、納得した上で判断してください。
費用の目安|何にお金がかかる?
ホルモン療法は長く続ける治療です。月々の負担はそこまで大きくなくても、年単位で見ると相応のコストになります。
あらかじめ全体像を把握しておきましょう。
診察・検査費
ジェンダー外来の初診料は保険適用で1,500〜3,000円前後、自費のクリニックでは5,000〜15,000円ほどが目安です。
投与開始後も3〜6か月ごとの血液検査が必要で、1回あたり2,000〜5,000円程度(保険適用の場合)がかかります。
薬代(注射/ジェル)
エナント酸テストステロンの注射は、保険適用であれば1回あたり500〜1,500円程度です。
2〜4週間に1回の頻度なので、薬代だけなら月あたり1,000〜3,000円ほどで収まることが多いです。
自費の場合は1回3,000〜5,000円程度になることもあります。
ジェルタイプのテストステロンは基本的に自費扱いで、月額5,000〜15,000円ほどが相場です。
投与方法によってコストが変わりますので、主治医と相談して決めてください。
年間費用の目安
保険適用で注射を受ける場合、診察・検査・薬代を含めた年間費用はおよそ3〜8万円程度が一つの目安です。
自費診療の場合は年間10〜25万円ほどかかるケースもあります。
費用を抑えるポイントは、保険適用の医療機関を探すことと、定期検査のスケジュールを守って余計なトラブルを防ぐことです。
医療費控除の対象になる場合もありますので、確定申告の際にチェックしてみてくださいね。
始めるまでの一般的な流れ
「治療を始めたいけど、まず何をすればいいの?」。ここでは、最初の一歩から投与開始までの道のりを順番にご案内します。
相談先の探し方
男性ホルモン注射を処方できるのは、ジェンダー外来、GID専門クリニック、またはホルモン療法に対応している精神科・内分泌科です。
お住まいの地域にジェンダー外来がない場合は、当事者コミュニティの口コミやLGBTQ+支援団体の情報を頼りに探すのが効率的です。
オンラインで初回カウンセリングを行っているクリニックも増えていますので、遠方にお住まいの方も選択肢がないわけではありません。
初回相談で聞かれやすいこと
初めての受診では、
- いつ頃から性別に関する違和感を感じていたか
- これまでの生活史
- 現在の体調や服用中の薬
- 治療に対する希望
などが聞かれることが多いです。
うまくまとめられなくても心配いりません。箇条書きのメモを持参するだけでも十分です。
「まだ決めきれていないけれど話を聞いてみたい」という段階での受診もまったく問題ありませんよ。
検査・説明・同意
投与を開始する前には、血液検査(ホルモン値・肝機能・腎機能・血算・脂質など)が行われます。
検査結果を踏まえて、主治医からテストステロンの効果・副作用・不可逆な変化についての説明があり、同意書へのサインが求められます。
この説明と同意のプロセスはインフォームドコンセントと呼ばれ、ご自身が十分に理解した上で治療を始めるためのとても大切なステップです。
わからないことは遠慮なく質問してください。
治療開始後の通院・検査(定期チェック)
投与が始まったら、最初の1年間は3か月ごと、その後は半年ごとに血液検査を行うのが標準的なスケジュールです。
テストステロン値、ヘマトクリット値、肝機能、脂質プロファイルなどをチェックし、投与量やペースの調整に役立てます。
「体調は良いから検査は飛ばしてもいいかな」と思うこともあるかもしれませんが、自覚症状のない変化を早期に捉えるための検査ですので、ぜひスケジュール通りに受けてくださいね。
よくある質問(FAQ)
痛みはどれくらい?
注射の痛みは「チクッとする程度」と表現する方が多いです。
筋肉注射なので皮下注射よりはやや痛みを感じやすいですが、数秒で終わります。
注射後に筋肉痛のような鈍い痛みが1〜2日残ることもありますが、日常生活に支障が出るほどではありません。
痛みに敏感な方は、注射の前に深呼吸をする、リラックスできる体勢を取るなどの工夫で楽になることが多いです。
声はどのくらい変わる?
個人差はありますが、投与開始から3〜12か月の間に声が明らかに低くなったと実感する方がほとんどです。
電話で男性として認識されるようになるのは、半年〜1年あたりが一つの目安です。
最終的にどの程度低くなるかは遺伝的な要素も関わりますが、「声が変わらなかった」というケースはごく稀です。
生理は必ず止まる?
大多数の方は投与開始から1〜6か月の間に月経が止まります。
ただし、ごくまれにテストステロンだけでは完全に止まらない方もいます。
投与量の調整やプロゲスチン製剤の追加など、主治医と対策を相談していくことになります。
妊娠はできなくなる?
テストステロン投与中も排卵が完全に抑えられるとは限らず、妊娠の可能性はゼロではありません。
投与中に避妊が必要な場面では、バリア法などの別の避妊手段を必ず併用してください。
長期投与後は卵巣機能が低下しますが、中止後に月経と排卵が回復し妊娠に至ったケースも報告されています。
将来のことを考えるなら、治療前に卵子凍結について相談しておくのがベストです。
途中でやめても大丈夫?
はい、やめることは可能です。
ただし、前述の通り声の低さやひげなど不可逆な変化はそのまま残ります。
一方で、月経の再開や体脂肪分布の変化などは徐々に元に戻る可能性があります。
中止を考える場合は、急にやめるのではなく主治医と相談しながら段階的に減量していくのが安全です。
まとめ|焦らず理解して判断することが大切
男性ホルモン注射(テストステロン投与)は、FtMやトランスマスキュリンの方にとって、体を自分の性自認に近づけるための強力なツールです。
声が低くなる、筋肉がつく、月経が止まるなど、日常の安心感を大きく変えてくれる効果があります。
同時に、声や体毛など元に戻せない変化も伴いますし、血液検査による定期的な健康管理も欠かせません。
だからこそ、治療を始める前に「どんな変化が起きるのか」「自分にとって本当に必要か」をしっかり理解しておくことが大切です。
焦る必要はありません。信頼できる主治医と一緒に、ご自身のペースで一歩ずつ進んでいってください。
この記事が、あなたの治療選択を考えるうえでの参考になれば嬉しいです。分からないことがあれば、まず専門家に相談することから始めてみてくださいね。


